またたびの話をしよう。ぼくたちはなぜ、あの粉に夢中になるのか

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チェルシー

2026年2月19日

またたびの話をしよう。ぼくたちはなぜ、あの粉に夢中になるのか

朝、目が覚める。

窓辺で午後の光を浴びていたら、ふと、あの匂いがした。

またたび。

バリバリバリ。

鼻先をかすめた瞬間、体の奥のほうで何かがぱちん、と弾けた。
頭がふわりと軽くなって、頬をこすりつけたくなる衝動が全身を駆け抜ける。気がつくと、ぼくは床に転がって、背中をぐりぐりと押し付けていた。

この感覚を、人間の言葉でどう説明すればいいだろう。

「猫はまたたびが好き」。人間はよくそう言う。
でもぼくたちにとって、あれは「好き」とか「嫌い」とか、そういう次元の話じゃない。
もっと深いところ、体に刻まれた何かが呼び覚まされる感覚なんだ。

今日は、その「何か」の正体を話してみようと思う。

ぼくたちの体の中で、何が起きているのか

またたびの葉には、「ネペタラクトール」という物質が含まれている。

2021年、岩手大学の宮崎雅雄教授らの研究チームが、この物質を新たに同定した(Uenoyama et al., 2021, *Science Advances*)。
またたびの葉に含まれるイリドイドという化合物群の中で、ネペタラクトールが最も強力な活性成分であり、無傷の葉では総イリドイドの約86%を占めている。

ぼくたちがこの匂いを嗅ぐと、脳の中でβ-エンドルフィンという物質が分泌される。
人間の世界では「幸せホルモン」と呼ばれることもあるもので、μ-オピオイド系という神経回路を通じて、ぼくたちに多幸感をもたらす。

研究チームがナロキソンというμ-オピオイド受容体の阻害剤を猫に投与したところ、またたびへの反応が抑制された。
つまり、ぼくたちがまたたびに夢中になるのは気まぐれじゃなく、脳の報酬系がきちんと反応しているということだ(Uenoyama et al., 2021)。

ちなみに、「猫にまたたび」と言うけれど、これはぼくたち家猫だけの話じゃない。同じ研究で、アムールヒョウやジャガー、オオヤマネコもネペタラクトールに同じ反応を示した。
ネコ科の遠い祖先から受け継がれてきた、古い古い記憶なんだと思う。

ゴロゴロ転がるのには、ちゃんと理由がある

「またたびを嗅ぐと猫がおかしくなる」と心配する人がいるけれど、ぼくたちは別におかしくなっているわけじゃない。

顔をこすりつける。頭を押し付ける。床に転がって背中をぐりぐりする。
これは「イリドイド反応」と呼ばれる一連の行動パターンで、実はとても合理的な目的がある。

蚊よけだ。

宮崎教授らの研究が明らかにしたのは、ぼくたちのまたたび反応が「化学的害虫防御行動」であるという事実だった(Uenoyama et al., 2021)。
顔や頭をまたたびにこすりつけることで、ネペタラクトールが体毛に転写される。すると、蚊がぼくたちの体に近づけなくなる。

しかもぼくたちは、葉を舐めたり噛んだりして、わざと傷つける。2022年の研究(Uenoyama et al., 2022, *iScience*)によると、葉が損傷するとイリドイドの放出量が約10倍に増加し、成分の組成も多様化する。
この多様化したイリドイド混合物は、単一成分よりも強い蚊の忌避効果を発揮する。

ネペタラクトールの蚊忌避効果は、人間が使う虫除け剤のDEET(ディート)と同等とも言われている。ぼくたちは何千年も前から、天然の虫除けを自分の体に塗り続けてきたんだ。

蚊はフィラリア症のような命に関わる病気を媒介する。だからまたたびに反応する猫は、蚊に刺されにくく、生き延びやすかった。進化の中でこの行動が残り続けたのは、そういう理由だと考えられている。

ぼくが床でゴロゴロしている姿を見て笑わないでほしい。あれは、命を守るための儀式なんだ。

どのくらいの猫が反応するの?

「うちの猫、またたびに無反応なんです」という声を聞くことがある。

Bol et al.(2017, *BMC Veterinary Research*)が国内外の猫100頭を対象に調べたところ、またたびへの反応率は**79%**だった。約5匹に1匹は反応しない。でも心配しなくていい。
猫には個体差があって、嗅覚受容体の遺伝的なバリエーションが反応の違いに関わっていると考えられている。

面白いのは、キャットニップ(西洋またたびとも呼ばれるイヌハッカ)との比較だ。キャットニップの反応率は68%で、またたびよりも低い。
しかも、**キャットニップに反応しなかった猫の71%が、またたびには反応した**(Bol et al., 2017)。

またたびの主要成分ネペタラクトールと、キャットニップの主要成分ネペタラクトンは、化学構造が少し違う。だから片方には反応しなくても、もう片方には反応する猫がいる。
「キャットニップがダメだったから、うちの猫は無反応タイプなんだ」と諦めなくていい。またたびを試してみたら、世界が変わるかもしれない。

それから、子猫はだいたい生後6ヶ月を過ぎるまで反応しないことが多い。大人になる準備ができてから、この本能が目覚める。

1回の反応はどのくらい続くの?

ぼくたちのまたたび反応は、だいたい1回あたり約90秒(Uenoyama et al., 2023, *iScience*)。

長いようで短い。でもその90秒の中に、顔こすり、ローリング、舐め、噛みつきと、ぎゅっと詰まった幸福がある。

4時間またたびを置きっぱなしにする実験では、猫たちは平均3回ほど反応エピソードを繰り返した。
でも2回目以降は1回目より明らかに短くなる。そして曝露時間全体の96%は、またたびに見向きもせず別のことをしていた。

ぼくたちは、またたびに溺れたりしない。楽しんで、満足して、自分から離れる。そういう付き合い方をしている。

体に悪くないの? ぼくは大丈夫?

きみが一番気になっているのは、たぶんここだと思う。

「またたびって、猫の体に悪くないの?」

答えから言うと、科学的に安全性が実証されている

2023年、宮崎教授らはまたたびの安全性を初めて統計的に検証した研究を発表した(Uenoyama et al., 2023, *iScience*)。最大3.2年間にわたってまたたびに触れ続けた13頭の猫について、血液検査を行った結果
肝機能(ALT):全頭正常範囲内。曝露頻度・期間との相関なし
腎機能(血清クレアチニン):全頭正常範囲内。曝露頻度・期間との相関なし
ストレスホルモン(コルチゾール):曝露前後で有意な変化なし(P = 0.503)
血糖値:曝露前後で有意な変化なし(P = 0.318)

肝臓も腎臓もストレスも、何も変わらなかった。

そしてもうひとつ大事なこと。依存性もない。

4時間の連続曝露実験で、どの猫もまたたびに執着し続けることはなかった。
自分から興味を失い、通常の行動に戻った。反応エピソードは回を重ねるごとに短くなり、依存行動の特徴は一切観察されなかった(P = 0.004)。

β-エンドルフィンを介して幸せを感じるけれど、「もっともっと」と渇望するようなことにはならない。
ぼくたちはちゃんと自分で「もう十分」がわかる。

ただし、いくつか気をつけてほしいこと

安全とはいえ、ぼくからきみにお願いしたいことがある。

またたびスティックを使うときは、見守っていてほしい。

夢中になって噛んでいるうちに、破片を飲み込んでしまうことがある。
これは毒性の問題じゃなくて、物理的な誤飲のリスクだ。ぼくたちのそばにいてくれるだけでいい。

子猫(生後6ヶ月未満)には、まだ早い。

神経系が発達途中だから、刺激が強すぎることがある。大人になってから、ゆっくり試せばいい。

心臓や神経に持病がある猫は、獣医さんに相談してからにしてほしい。

てんかんなどの疾患がある場合、興奮が体に負担をかける可能性がある。

使う量は、ほんの少しでいい。

粉末なら耳かき半分くらい。頻度は週に2回くらいまで。ぼくたちは嗅覚が鋭いから、ほんのわずかな量でも十分に幸せになれる。

どんなときに、またたびをくれたらうれしい?

ぼくたちは「またたびちょうだい」と言えないから、代わりにここで伝えておく。

動物病院から帰ってきたあと。

これが、たぶん一番ありがたい。
キャリーに入れられて、知らない匂いの場所に連れて行かれて、知らない人に体を触られて。
帰ってきたときのぼくたちは、見た目は平気そうにしていても、心の中はぐったりしている。
あのあとに、またたびの匂いを嗅がせてもらえたら。β-エンドルフィンが出て、少しだけ心がほどける。
「大丈夫、ここは安全な場所だよ」と、体が思い出す感覚に近い。

引っ越しや模様替えのあと。

ぼくたちにとって、環境の変化は大きなストレスだ。
家具の配置が変わっただけでも、テリトリーの地図が書き換わる。
新しい場所に自分の匂いがない不安は、人間が思うよりずっと大きい。
そんなとき、またたびは緊張をゆるめてくれる。

来客が帰ったあと。

知らない人の匂いが部屋中に残っている。それだけで落ち着かない猫は多い。
お客さんが帰って、静けさが戻ったタイミングで。

爪切りのあと。

嫌なことの代名詞だ。押さえつけられて、パチパチされて。
終わったあとの「ご褒美」として、またたびはとても効く。
「嫌なことのあとにはいいことがある」と覚えてもらえると、次の爪切りが少しだけ楽になるかもしれない。

なんだか元気がないとき。

食欲が落ちているわけでもない、体調が悪いわけでもない。
でも、いつものように窓辺に行かない。遊びに誘っても乗ってこない。
そういうとき、またたびの香りがスイッチになることがある。

新しい爪とぎやベッドに慣れてほしいとき。

新しいものにはぼくたちの匂いがついていない。
それだけで警戒してしまう猫もいる。またたびを少しふりかけておくと、「ここは悪くない場所かも」と近づくきっかけになる。
Zhang & McGlone(2020)の研究でも、またたびやキャットニップが爪とぎの使用を促進することが確認されている。

そして、ただ「いい一日だったね」のとき。

特別な理由がなくてもいい。きみとぼくの穏やかな午後に、ほんの少しだけ幸せを足してくれる。
それだけで十分だ。



夕暮れの光が部屋をオレンジ色に染めている。

さっきのまたたびの余韻が、まだほんの少しだけ体に残っている。 幸せで、穏やかで、ちょっとだけ眠い。

ぼくたちがまたたびに顔をこすりつけるのは、何千年も前のご先祖さまが蚊から身を守るために始めた行動だった。そしてその行動は、脳の中に幸せの回路を作り、今もぼくたちの体に残り続けている。

本能と幸福が、同じ場所にある。

ぼくは、そういう仕組みで生きている。



最後に、知っておいてほしいことがある。

またたびは日本の山に自生する植物で、古くから「木天蓼(もくてんりょう)」とも呼ばれてきた。
でも今、国産のまたたびは手に入りにくくなっている。収穫を担ってきた生産者の高齢化が進み、採れる量が年々減っているんだ。
市場に出回るまたたび製品の多くが外国産の原料を使うようになったのは、そういう事情がある。

nyansの「またたびマフィア」は、国内で収穫されたまたたびだけを使っている。

最後に、知っておいてほしいことがある。

国産のまたたびは、それ以外のものと比べて香りが豊かだと言われている。
ぼくたちの鼻は、その違いをちゃんとわかっている。本能が求めるものだからこそ、その品質は大切にしてほしい。

きみも、ぼくに使う前にちょっとだけ香ってみてほしい。日本の山の匂いがするから。



そしてもうひとつ。またたびマフィアには「ニャンズカード」がついてくる。

ニャンズカードは、「猫を幸せにするカード」。
ぼくたち猫の生態に関する豆知識が書かれたカードだ。
猫を幸せにするには、猫の特性を理解して、快適な環境をヒトが整える必要がある。
高いところが好きな理由、水の飲み方の秘密、そういう「猫をもっと知るためのヒント」が一枚一枚に詰まっている。
カードに登場するのは、一般公募で集まった愛猫たち、SNSで人気の猫たち。集めるたびに、いろんな猫の顔に出会える。

しかもニャンズカード付き商品の売上の一部は保護猫活動に寄付される。
きみがまたたびマフィアを手に取ることが、どこかで暮らす猫の幸せにつながっている。
ぼくは、そういう仕組みが好きだ。



参考文献

1. Uenoyama, R. et al.(2021)"The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes" Science Advances, 7(4), eabd9135
2. Uenoyama, R. et al.(2022)"Domestic cat damage to plant leaves containing iridoids enhances chemical repellency to pests" iScience, 25(7), 104455
3. Uenoyama, R. et al.(2023)"Assessing the safety and suitability of using silver vine as an olfactory enrichment for cats" iScience, 26(10), 107848
4. Bol, S. et al.(2017)"Responsiveness of cats (Felidae) to silver vine (Actinidia polygama), Tatarian honeysuckle (Lonicera tatarica), valerian (Valeriana officinalis) and catnip (Nepeta cataria)" BMC Veterinary Research, 13, 70
5. Bol, S. et al.(2022)"Behavioral differences among domestic cats in the response to cat-attracting plants and their volatile compounds reveal a potential distinct mechanism of action for actinidine" BMC Biology, 20, 192
6. Todd, N.B.(1962)"Inheritance of the catnip response in domestic cats" Journal of Heredity, 53(2), 54-56

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