ぼくが爪をとぐ理由を、ちゃんと話しておこうと思う

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チェルシー

2026年2月18日

ぼくが爪をとぐ理由を、ちゃんと話しておこうと思う

朝、目が覚める。

まぶたの裏にまだ少しだけ夢の残像がある。
カーテンの隙間から漏れる光が、床に細い線を引いている。
ぼくはゆっくりと前脚を伸ばし、背中をぐうっと反らせる。
そしていつもの場所に向かう。

爪とぎの前に立つ。
前脚を高く伸ばし、爪を出して、ぐっと引き下ろす。

バリバリバリ。

この音が好きだ。体の奥の方から、何かがほぐれていく感覚。
背骨に沿って筋肉が伸びて、前脚の腱がしなやかに動き出す。
人間がベッドの上で「んーっ」と伸びをするのと同じだと思う。
ただ、ぼくたちにとってこのストレッチは、一日を始めるために欠かせない儀式なんだ。

獣医学の論文にも書いてあるらしい。 
爪とぎは「生涯を通じて前脚の機能を維持するために必要な可動域を提供する」行為だと(DePorter & Elzerman, 2019)。
筋肉、腱、靭帯。ぼくたちの前脚は精密な道具で、その道具を毎日調律しているようなものなんだ。

爪とぎは、ぼくたちの「言葉」でもある

爪をとぐとき、ぼくの肉球からは目に見えないものが出ている。

フェロモン。趾間腺という、肉球のあいだにある小さな腺から分泌される化学物質だ。
学者たちはこれを「Feline Interdigital Semiochemical(FIS)」と呼んでいる(Cozzi et al., 2013)。

ぼくが爪をとぐたびに、そこに目に見えない手紙が残る。
「ぼくはここにいるよ」「ここはぼくの場所だよ」という手紙。
爪の跡は目に見えるメッセージ。フェロモンは鼻で読むメッセージ。
二つの方法で、ぼくは世界に自分の存在を刻んでいる。

イタリアの128頭の猫を調べた研究者たちは、爪とぎを「種の中で長く効き続けるコミュニケーションの方法」と表現した(Mengoli et al., 2013)。

人間には手紙がある。電話がある。SNSがある。

ぼくたちには、爪とぎがある。

もしも爪とぎができなくなったら

想像してみてほしい。声を出すことを禁じられた生活を。

爪とぎを叱られる猫は、まさにその状態に近い。
フランスの1,211頭の猫を対象にした大規模な研究(Demirbas et al., 2024)では、爪とぎを罰することで、ストレスと爪とぎ行動がどちらも同時に増加するという悪循環が報告されている。
声を奪われた分だけ、もっと叫びたくなるということだ。

世界のどこかでは、爪そのものを手術で取ってしまうことがある。
ディクロー(抜爪手術)と呼ばれるその方法は、爪だけでなく指先の骨ごと切除する。

274頭の猫を調べた研究(Martell-Moran et al., 2018)が明らかにしたのは、その手術を受けた猫の63%に骨の断片が残っていたという事実だった。
そして、手を失った猫たちは噛みつき行動が4.5倍、不適切な排泄が7.2倍、背中の痛みが2.9倍に増えていた。

2025年の最新研究(Bhalla et al., 2025)では、抜爪が神経そのものを変えてしまうことがわかった。
運動神経の活動電位が約45%も減少していたのだ。
爪を失うことは、感覚の世界そのものが変わるということだった。

爪とぎは「問題行動」なんかじゃない。

ぼくたちが健やかに生きるために、体にも心にも必要な行為なんだ。
欧州の大部分の国やカナダでは、もうこの手術は禁止されている。
アメリカでも2025年にカリフォルニア州が禁止に踏み切った。
世界は少しずつ、ぼくたちの声を聴き始めている。

ぼくたちの爪とぎ、何個あればいい?

ひとつだけ聞いてもいい?

きみの家に、爪とぎはいくつある?

数が多ければいいのかって? うん、正直に言うと、そうだと思う。

アメリカ猫獣医師会(AAFP)のガイドライン(Ellis et al., 2013)では、「猫1頭につき1つ+予備1つ」を推奨している。2頭の猫がいるなら3つ。そしてそれを別々の場所に置くこと。

場所も大切だ。ぼくたちが朝起きてすぐ手が届くところ。いつも通る廊下。窓の近く。お気に入りのソファのそば。
Demirbas et al.(2024)の研究でも、猫がよく過ごす場所に置かれた爪とぎが最も効果的だったと報告されている(p ≤ 0.05)。

ぼくたちは気まぐれなんじゃない。ただ、必要な場所に必要なものがあってほしいだけなんだ。

きみに合う爪とぎの選び方

ぼくたちにはそれぞれ、体の大きさも、年齢も、爪のとぎ方の癖も違う。だから「これが正解」という一つの形はない。
でも、自分に合うものに出会えたときの満足感は、きっとわかってもらえると思う。

まだ体の小さな子猫には、小さめの箱型がいい。体がすっぽり収まるくらいの爪とぎの中で、安心しながら爪とぎを覚えていく。最初の「バリバリ」の記憶は、けっこう大事なんだ。

体の大きな猫には、段差の少ないスタンダード型がありがたい。関節がすこし硬くなってきた体には、乗り降りのしやすさが優しさになる。

年を重ねたシニアの猫には、小さめの箱型がいい。体がすっぽり収まるくらいの爪とぎの中で、安心しながら爪とぎを覚えていく。最初の「バリバリ」の記憶は、けっこう大事なんだ。

それから、ぼくたちの爪とぎスタイルをよく見てほしい。

壁やソファの側面に立ち上がって研ぐのが好きな子は、縦型が合っている。前脚を高く伸ばして、背筋をぐうっと引き延ばす。あの気持ちよさは、縦型じゃないと味わえない。

四つん這いの姿勢でカリカリするのが好きな子は、横型(リラックス、無限型、スタンダード)がしっくりくる。カーペットの端や床で研いでしまう子は、たぶんこっちのタイプだ。

nyansの爪とぎに使われているのは、超強化ダンボール。2トンの重機の輸出梱包にも使われるほど頑丈な素材だ。人が上でジャンプしても壊れにくい。
ぼく(9キロ)が全身の力を込めて研いでも、びくともしない。その安定感が、安心して爪を預けられる理由なんだ。

ソファや家具を守るために、できること

「うちの猫がソファで爪を研いでしまって…」という声をよく聞く。

正直に言うと、ぼくたちにとって爪とぎは本能だから、「やめなさい」と言われてもやめられない。
でも、「どこで研ぐか」は変えられる。ぼくたちだって、気持ちのいい場所があればそっちを選ぶ。

大切なのは、ぼくたちの声を聴いてくれること。

ソファの角でよく研いでしまう子には、まさにその角に縦型の爪とぎを立てかけてみてほしい。ぼくたちは「あ、ここで研いでいいんだ」とわかると、自然とそちらに移る。

カーペットの一部をカリカリしてしまう子には、その上に横置きの爪とぎを置いてくれればいい。ぼくたちが選んだ場所には、ちゃんと理由がある。
その場所の近くに「もっと気持ちいいもの」があれば、乗り換えてくれる猫は多い。

安定感も重要だ。力を入れたときにグラグラ動く爪とぎは、ちょっと信用できない。壁に立てかけたり、滑り止めでしっかり固定してもらえると、安心して全体重を預けられる。

それから、ちょっとした「おもてなし」も効果がある。またたびを少しふりかけてもらえると、ぼくたちの興味はぐっと引き寄せられる(Zhang & McGlone, 2020)。
全員がそうとは限らないけれど、試してみる価値はあると思う。

もうひとつ。もし家具で研いでしまった場所があるなら、そこの匂いを消しておいてほしい。
ぼくたちの肉球からはフェロモンが出ていて(Cozzi et al., 2013)、一度研いだ場所には「ここはぼくの場所」という印が残っている。その印があると、また同じ場所で研ぎたくなってしまうんだ。

そして一番大切なこと。ぼくが爪とぎを使えたとき、褒めてほしい。

Wilson et al.(2016)の研究では、爪とぎを使ったときに褒めてもらった猫は毎日の使用率が80.4%だったのに対して、褒められなかった猫は67.7%だった。
ぼくたちは、叱られることよりも、認められることで学ぶ。「上手にできたね」のひとこと。それだけで、ぼくたちは「ここで研ぐのが正解なんだ」と覚えていく。

逆に叱ってしまうと、ストレスが増えて爪とぎ行動がかえって増えるという研究結果もある(Demirbas et al., 2024)。ぼくたちは怒られても理由がわからない。
ただ怖いだけで、なにも解決しない。



午後の光が傾いてきた。

ぼくはもう一度、爪とぎの前に立つ。前脚を伸ばし、爪を出して、ゆっくりと引き下ろす。

バリバリバリ。

この音は、ぼくが生きている音だ。体を整え、言葉を残し、自分がここにいることを確かめる音だ。

きみがこの音を聴くとき、少しだけ思い出してくれるとうれしい。
ぼくはわがままを言っているんじゃなくて、ただ、猫として当たり前に生きているだけなんだということを。



参考文献 - Bhalla, R.J. et al.(2025)「Declawing in Cat is associated with neuroplastic sensitization and long-term painful afflictions」『Scientific Reports』
- Cozzi, A. et al.(2013)「Induction of scratching behaviour in cats: efficacy of synthetic feline interdigital semiochemical」『Journal of Feline Medicine and Surgery』15(10), 872-878
- Demirbas, Y.S. et al.(2024)「Evaluating undesired scratching in domestic cats: a multifactorial approach to understand risk factors」『Frontiers in Veterinary Science』11, 1403068
- DePorter, T.L. & Elzerman, A.L.(2019)「Common feline problem behaviors: Destructive scratching」『Journal of Feline Medicine and Surgery』21(1), 42-49
- Ellis, S.L.H. et al.(2013)「AAFP and ISFM Feline Environmental Needs Guidelines」『Journal of Feline Medicine and Surgery』15(3), 219-230
- Martell-Moran, N.K., Solano, M. & Townsend, H.G.G.(2018)「Pain and adverse behavior in declawed cats」『Journal of Feline Medicine and Surgery』20(4), 280-284
- Mengoli, M. et al.(2013)「Scratching behaviour and its features: a questionnaire-based study in an Italian sample of domestic cats」『Journal of Feline Medicine and Surgery』15(10), 886-892
- Wilson, C. et al.(2016)「Owner observations regarding cat scratching behavior: an internet-based survey」『Journal of Feline Medicine and Surgery』18(10), 791-797
- Zhang, L. & McGlone, J.J.(2020)「Scratcher preferences of adult in-home cats and effects of olfactory supplements on cat scratching」『Applied Animal Behaviour Science』227, 104997
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